第69話:夢路乃原〜同行者〜
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細い空間。石垣の上。
そこが、私の歩く道。
今残されている、唯一つの道。
先を行く彼の背中は、何も語ってはくれない…

どのくらい歩いたのでしょう。
まったく唐突に。
石垣が途切れました。
前方には広がり続ける下草。
大海を思わせる草原。
不思議なものです。
仕切りを失うということが、とても不安で心細い。
なんの支えもなく、ただただ広いということが。
こんなに恐ろしいものだなんて。
ざあっ。
草の擦れる音。
何の躊躇も無く。プリズマは石垣から飛び降りていました。
彼が振り向くことはありません。
私がついて来ているかどうか、そんなことには関心がないみたいです。
遅れまいと、私も草原に足を踏み入れました。
爪先に硬い感触。
鉄の物体。
赤錆の浮いた、細長いもの。生い茂る草の間に。
静かに横たわっている。
「線路?」
私は呟いていました。
それは古い、朽ちかけたレール。
ボロボロの枕木。
打ち込まれた太いボルト。
薄く汚れた砂利。
「ずうっと行くんだ。
 歩いて。歩いて。探し求める夢に辿り着くまで」
先を進むプリズマの声。枕木の上で。
彼が口にしたのはそれだけでしたが。
私には十分でした。
言葉が。意味が。この場所で何の役に立つのでしょう。
彼を追いかけて、私は線路に足を踏み入れました。
揺れながら先を行く、危うげな歩み。
ともすれば枕木から足を踏み外してしまいそうな。
でも、今の私が頼れる最大の存在。
彼がいなければ、私はどこへ向かえばいいのか…
いえ、どうすればいいのかすら、わからなくなっていたでしょう。


線路の上を歩き始めて、かなりの時間が経ちました。
またひとつ、思い出したことがあります。
『割ける時間は30分だけだ』というガルガンチュアの言葉。
私がここに来て、どのくらい経つのか。
何十分?何時間?
私がそれを口にすると、
「ここじゃあ、そういうことはあまり意味がないんだ。
 …例え一生をここで過ごしたとしても。
 目が覚めた時は、時間なんてこれっぽっちも経っちゃいないだろうね」
プリズマはなんでもないことのように、そう答えました。
夢とは、そういうものなのでしょう。
プリズマの足元で。踏みつけられた砂利と草が、ざくりざくりと音を立てています。
今、彼は線路のすぐ横を歩いていました。
私はと言うと、枕木を踏んで歩き続けています。
足元を見ながら歩かなくてはならないので、面倒と言えば面倒なのですが。
でも、何故か私はそれを愉しく感じているのでした。
「プリズマはここで何を?」
私は不意に、そのことを訊いていました。
「ママを探してる」
振り向きもせず、彼は答えました。
…ああ。そうでした。
いつだって、それが。彼の目的。
そして、その探索はまだ終わっていない。
プリズマに、落胆した様子はありません。
彼はもうずっと長いこと、こうしてこの世界を彷徨っているのでしょう。
私のように、過去と家族を求めて。
長い沈黙が続きました。
私達の足音だけが草原に響いています。
プリズマが、ちらりと私を見て。
「君は少し変わったね」
と言いました。
…そうかもしれません。
ガルガンチュアが「出ていった」こともあるのでしょうが。
広場で『彼女』を見たあの時から、私はまた変わってきている。
随分と心が落ち着いているような気がします。
「羨ましいな…僕らには。それが…」
零れる呟き。
プリズマの、とても寂しそうな背中。
「モレクラール?」
その名前は、私の唇から放たれていました。
吃驚した様子で。プリズマが足を止めて、私を振り返りました。
「なんだって?」
彼が聞き返しました。
私は当惑していました。
わかりません。私にも。
でも、何故か。
「プリズマとモレクラールって…なんだか似て…」
語尾は途切れて消えました。
ああ…違う。
そうじゃない。
「…みんな。みんな、どこか似てる…。『語る街』の人達は」
私はそのことに気がつきました。
寂しげで。悲しげで。何かに強く憧れていて…。
そういえば、カイルも。
「カイルと話したことがあるんだって?」
突然、プリズマが訊きました。私の考えていることがわかったのでしょうか。
頷いて、私は少しの間、彼と旅をしたことを話しました。
「今、どこに?」
プリズマの、当然の疑問。
私は答えることができませんでした。
わからない。
カイルがどうなってしまったのか。
私はズボンのポケットに手を伸ばしました。
布越しに伝わる、硬い感触。
カイルの眼鏡。
その意味は。

…気がつくと、プリズマは再び歩き出していました。
変わらない足取り。
彼がどう思ったのかはわかりません。
ただ、私は遅れないように歩調を速めなければなりませんでした。
「ん…」
プリズマが小さく声を上げました。
数秒遅れて、私も気がつきました。
周囲の変化に。
「誰かの夢に入ったみたいだ」
のんびりとした口調はそのままで。
プリズマは言いました。


BGM:千年桜
BoundlessField



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