第64話:3人目
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「18秒だ」
ガルガンチュアが、満足そうに言いました。
その傍らに寄り添う。下僕、パンタグリュエル。
私はその髪が、とても短くなっていることに気がつきました。
紫色の箱は彼女の髪が変化したものなのでしょう。
「しかし、これでは何の意味もない」
ガルガンチュアの声は落ち着いていました。
「はい、この状態では何も奪うことができませんから」
パンタグリュエルが頷きます。

ばき、ばきん。

小箱から、異音が漏れました。
亀裂ができています。
破片がぱらぱらと落ちて。
亀裂は大きな隙間に変わりました。
それは『彼女』の抵抗。
脱出の意思。
紫の帯が、再び空を駆けました。
小箱に巻きついて、破損箇所を補修する。
パンタグリュエルを見ると、右肘から先がなくなっていました。
この捕獲態勢は、彼女の体の部品を代償として維持されるようです。
「予定に変更が?」
パンタグリュエルが主人を見上げました。
その傍らで。紫の立方体が、すうっと浮き上がります。
そのまま高く、高く舞い上がって。
小箱は、東の空に消えてゆきました。
「30分だ。時を稼げ」
ガルガンチュアが、鉄のように硬い声で言いました。
「時間まではなんとしても耐え抜け。
 予定の時間を過ぎたら、死ぬことを許可する」
厳しく、冷たい声音。
切り捨てるような。
でも、パンタグリュエルは普段と全く変わらない表情で、
「遂行します」
…そう答えて、さっと身を翻しました。
彼女が広場から走り去るのを待って。ガルガンチュアが私に呼びかけました。
「さて、クラン。今聞いたように、割ける時間は30分だけだ。
 しかし、邪魔が入らないのであれば十分な時間と言えよう。
 幸いにも、お前は既にその気になっているようだからな」
その声に対して、私はガルガンチュアの目を見て応えようと、ぐい、と顔を向けました。
…目がどこにあるのかは、わかりませんでしたが。
「あなたは私の過去を知ってるんですね?」
私は確認の問いを口にしました。
「ある意味ではな。
 私の答えによって、お前は過去を知り、それを乗り越えることが出来る。
 記憶という縛鎖から解き放たれる。それだけは確かだ。
 しかし、その代償として。
 私はお前の命を奪う
澱みのない、ガルガンチュアの声。
幾つもの音が重なった、奇妙な…でも、この時は。
とても透き通った音に聴こえました。
「わかりました」
私の答え。
どよめく、街の人々。
やめろ、逃げろという声がいくつも聴こえます。
「でも、ひとつだけ。お願いがあるんです」
私はそう言いました。
どよめきが、低く、静かに退いてゆきます。
「聞こう」
ガルガンチュアは冷静な声で応じました。
お陰で、私も落ち着いて先を続けることができました。
「私…あなたに命を差し上げます。
 でも私は…私の過去を。他の人に伝えたいんです。
 あの…ええと………うまく言えないんですけど…。
 その、私が死んだ後も、誰かに知っててもらいたいんです」
私はいつの間にか、目を伏せていました。
「だから、私だけじゃなくて。
 …その…街の人全員に、私の過去を教えてほしいんです」
沈黙が、ゆっくりと舞い降りてきました。
心臓が高鳴っていました。
ちらり、とガルガンチュアを見ます。
「無理な…ええっと…無理なお願いだとは思うんですけど…」
「いいだろう」
「えっ」
私は吃驚して、ガルガンチュアを見つめました。
「いいんですか?」
「構わん。だが、過去を見せたその後で、街の者を全て殺すかもしれん。
 それでもいいのか?」
「いいです。…あなたは、そういうことはしない人だと思いますから」
私は自分でも理解できない自信に支えられ、こくりと頷きました。
「そうか…」
ガルガンチュアが、低い声で呟きました。
「…お前は歪んでいないのだな」
それは、そんなふうに聴こえました。
私が聞き返そうとした時。
ガルガンチュアに異変が生じました。
緑の光が。弱く、小さくなってゆきます。
呼応するように。収縮する黒い闇。
束ねられ、折りたたまれ、まとまりながら、そこへ吸い込まれてゆく、緑の光。
「クラン。お前をこの目で見たい」
ガルガンチュアの、その声。
不協和音ではありません。
ひとつの、よく通る肉声。
その声に。私は聞き覚えがある。
闇の一部が削れ、そこに現れたもの。
人の顔。

碧色の髪。
落ち着いた表情。
私より、少し大人びた顔。
でも、それは。

 私と同じ顔でした。





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