第63話:凛舞曲(ロンド)
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広がる。街の人達の怯え。
当然です。
つい先程、ここで殺戮の華を咲かせた者。
黒衣のパンタグリュエル。
彼女の姿は恐怖と共に、人々の目に焼きついている…。
でも、違います。目の前にいるものは。
ずっと静かな、落ち着いた雰囲気で。
荒ぶる気配がない。
なのに、細い体の奥からは強い躍動感を感じます。
それは、生命の躍動。
「さぐり合いは終わりだ。全力でいけ」
ガルガンチュアが、そう告げました。
「わかりました。リミッター解除します。全式解放」
パンタグリュエルの応じる声。
直後に光る。
飛沫。黄金色の。
それは、パンタグリュエルの体から10センチ程手前の。
何もない空間から零れました。
飛沫は輝ける粒となって、空を駆ける。
ぼっ。
異音。
『彼女』の足元で。
石畳が抉られ、拳大の穴が生じています。
縁は黒く焦げついていました。
穴を生んだものは、撃ち込まれた金色の飛沫。
いえ、その正体は。小指の爪よりもなお小さい、極小の焔。
「20秒で。あなたを倒します」
パンタグリュエルの不敵な宣言。
『彼女』は冷笑で応えました。
それが。
始まりの合図。
大気を裂いて、無数に飛ぶ。
黄金色の流星群。
『彼女』の体をあっけなく貫いて。
背後に抜けてゆく。
『彼女』は左方に移動していました。
光の貫いたものは、残像。
パンタグリュエルの攻撃は止まりませんでした。
瞬きの間も与えず、次々に黄金の光が撃ち出されます。
容赦のない連射。
でも、『彼女』の動きは誰の予想をも越えていました。
身を低くして、滑るように移動する。
それを追う、黄金の射撃。
屋台に。家屋に。そして大地に。穿たれてゆく破壊孔。
悲鳴を上げて逃げ惑う、街の人々。
ある者は地に伏せ、またある者は物陰に隠れて攻撃を避けました。
「あっ…」
マレリィの小さな驚きの声。
私も同時に気がつきました。
『彼女』の足元。
そこに、車輪が見えました。
正確には靴。
車輪のついた靴です。
それが、水平方向への高速移動を可能にしたのでしょう。
そのスピード。予測不能の回避方向。
パンタグリュエルの攻撃はことごとく空を切るのでした。
「そろそろ終わりにする?」
『彼女』が陽気に言って、誘うように右手を差し出しました。
同時に、射撃が止みました。
ふわりと。
パンタグリュエルの体が上昇しました。
何かに吊り上げられているような、重力を無視した動き。
爪先が大地を離れて。体全体が宙に。
同時に、砕ける石畳。半秒前までパンタグリュエルがいた、その場所で。
何か大きなものが、大地を割って飛び出しました。
冗談のような光景。
それは、巨大なペンチでした。
先ほど『彼女』が持っていたものの、5倍近い大きさ。
そのひと挟みで、パンタグリュエルの胴は容易く引き千切られてしまうでしょう。
大きな顎をかっと開きながら、ペンチが伸び上がりました。
獲物を咥え込もうとする、獰猛なその動き。
それを避けるべく、加速するパンタグリュエルの上昇速度。
その体は更なる高みへ。
宙空から振り下ろされる。細い腕。
綺麗に整った指先から、何かが放たれました。
ゆらりと歪む空気。
陽炎。
何の抵抗も感じさせず。それは、すうっとペンチの口腔へ吸い込まれました。
変化は直後に訪れました。
びくりと震える巨大ペンチ。苦しみ、悶えるような動き。
軋みを上げながら、顎を半ばまで閉じる。
その先端へ。
パンタグリュエルが舞い降りました。
翻るスカート。
両脚を大きく開いて。ペンチの両唇を踏みつけて。

がすん。

聴き覚えのある、あの音が。
ペンチの内部から響きました。

がすん!
がすん!

音と共に、崩壊するペンチ。
内部から黄金の光を吐いて。
燃える。
焼き、削られる。
2秒と待たず、巨大な凶器は松明そのものに変わりました。
パンタグリュエルの貌が、下方からの焔に照らし出されています。
黄金色に染まる、無表情なその貌が。
とても美しいものに見えました。

がすん。

最後の音。
粉々に砕け、倒壊するペンチ。
軽やかに、パンタグリュエルの体が大地に降り立ちました。
そこへ。
疾駆する影。
『彼女』。
そして、両腕に抱えられた鈍く光るもの。
刃を持つ尖頭部。全長2メートルもの、巨大なハサミ。
尖った先端が、パンタグリュエルの腹部に突き刺さる、その瞬間。
不可視の力が、『彼女』を撥ね退けました。
見えない壁にぶつかったように。
くの字に折れ曲がりながら、吹き飛ばされる『彼女』。
服のお腹に当たる部分が、すっぱりと切れていました。
まるで、ハサミで断ち切られたように。
反転数式。攻撃は、全てあなたに還ります」
パンタグリュエルの声は、嘲弄や侮蔑を含むものではありませんでした。
彼女が告げるものは、否定のできない事実。ただ、それだけ。
「この!」
『彼女』の瞳が、憎悪に彩られました。
いつの間にか、足元から車輪の姿が消えています。
手に携えていたハサミも、空気に溶けたようになくなっていました。
間を置かずに飛ぶ。金色の流星弾。
必死に身をよじり、大地を転がって。『彼女』はそれを避けました。
「なんで…こんな!派生品なんかがっ!」
苛立ちと怨嗟の声を上げて。『彼女』がふらふらと後退します。
吹き飛んだ時、挫いたのでしょう。左足を引き摺っているのがわかりました。
「あなたは私達のことを知るべきでした」
パンタグリュエルの声。
それに乗せて。
紫色に輝くものが飛びました。
空間を割る、帯のような物体。
『彼女』に向けてまっしぐらに走って。
接触の瞬間。どぉん、と腹腔を響かせる衝撃。
私は思わず目蓋を閉じました。
ばきばき、と。もの凄い音が聴こえます。
再び目を開けた時、『彼女』の姿は消えていました。
代わりに。見たことのないものが、そこに生まれていました。
紫色の、小さな立方体。
箱でしょうか。
拳大のそれは、大地から数十センチの空間に浮いています。
「因子隔離錨で固定。…捕獲しました
それが、パンタグリュエルの。
勝利の宣言でした。




  人物相関図(63話現在)


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