第59話:血壊(けっかい)
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絡み合う、視線。
私と『彼女』の。
「盛り上がってるね」
この状況におよそ似つかわしくない快活な笑顔を『彼女』は見せました。
広がる囁き。
街の人達の困惑した顔。
戸惑いの眼差しが、私と『彼女』を見比べています。
その中で、私とマレリィだけが食い入るように『彼女』を見つめていました。
…いえ、もう一人。
ガルガンチュアも。
「驚きだな」
闇の王は考えに耽るように、ゆったりと呟きました。
存在を遮蔽し、私の走査式から完全に隠れ遂せていたお前が。
 これほど能動的に私の前に姿を現すとは」
その声を聴きつけ、『彼女』はガルガンチュアをちらりと一瞥しました。
「勘違いしないで。別にあなたから隠れてるわけじゃないわ。
 私は不必要なものと関わり合いになりたくないだけ」
そう言って、『彼女』は嘲るような表情を見せました。
「なるほどな。…だがこの者達にはまたとない機会となるだろう」
ガルガンチュアが言い放つと同時に。
ぱっと。
緑光が、小さな粒となってばら撒かれました。
粒子は放射状に広がって、私達の間を駆け抜けてゆきます。
不協和音と共に。
「呪われた血族。記憶なき者達よ。その瞳に刻み込め。
 お前達が見出そうと躍起になっていた、喪失の起因。
 カイルという小僧が捜し求めたモノ。
 それが。この娘だ」
消える。囁き。…あらゆる物音。
凄まじい熱を含んで向けられる。
視線の群れ。
『彼女』を映す、
瞳。
瞳。
瞳。瞳。瞳…
「こいつが」
モレクラールの、消え入りそうな声。
「俺達の記憶を奪ったのか…」
語尾は掠れて、風に飲み込まれました。
そして、長い沈黙。
張り詰めた空気。
それを破ったのは。
『彼女』自身。
「…この街、あんまり面白くないね」
『彼女』は私に向けてそう言いました。
「みんな暗いし、ちっとも楽しいことは起きないし。
 見てて、退屈してきちゃった」
愛くるしい笑みを浮かべた『彼女』。
つと、その視線が流れて。
ガルガンチュアを見る。
「あの人形は楽しめた?
 ちょっとは面白くなったでしょ?」
その言葉をガルガンチュアは冷たい声で受けました。
「ただの複製品だ。
 くだらない木偶をよこしたものだ。
 指向性以外のものを持たないガラクタに興味はない」
「ふぅん。あなたの人形だって同じじゃない」

ぞわり。

這い上がる冷気。
足元から。
急激に奪われる、空気の熱。
「人形だと?」
地の底から響くような、どろりとした声。
ガルガンチュアの。
「第零格よ。
 お前は、パンタグリュエルをただの人形だと。
 ただ、私の命令に従い、尽くすだけの傀儡だと。
 そう思っていたわけか」
「何よ。違うっていうの?」
『彼女』の表情が、少し曇りました。
湧き上がる哄笑。どこまでも、高まってゆく。
暗黒の笑声。
「何がおかしいのよ」
「…第零格よ。
 既に、私はお前と同じ高みに到達している。
 いや、明言しよう。『凌駕している』と。
 それを証明するのが、パンタグリュエルという存在。
 私が何よりも強く恐れ、妬み、憎悪する、唯一の下僕」
「…どうでもいいけど。
 私が今からすること、邪魔しないでよね」
「クランを殺すか?」
何でもないことのように。ガルガンチュアはそれを口にしました。
『彼女』の笑顔が応えます。
「それは後のお楽しみ。
 その前に、この街の人間を全部殺しちゃう」
「意外だな?
 第参格を含まないこの街は。
 お前の理想そのものかと思ったが」
「とんでもない!
 こんなところで吹き溜まってる連中に、一体何の楽しみがあるっていうの?
 見苦しいだけじゃない」
「同感だな…。好きにするがいい。
 だが、その前に」
ガルガンチュアを形成する、暗黒の染み。
それが、大きく膨れて。
緑光を激しく振り撒きます。
「パンタグリュエルの姿を写し取り、穢した罪は重い。
 お前の命で贖って貰うぞ」
宙を駆ける線。
緑色に光る。
細く、研ぎ澄まされた光の流れ。
光線。
それは、一直線に伸びて。
『彼女』のスカートの下。真っ白な大腿を貫きました。
苦痛の表情。『彼女』の眉が歪みます。
緑光は、発射と逆の動きでガルガンチュアの元へ戻りました。
白い太腿に。
鮮烈な、

がつん、と。頭が痛みました。
赤。アカ。あか…。
赤イ…つキ…。
流れダす。血液。
瞳を侵す、アカい色…。
あの赤は。見覚えガあります。
岬の下で見タ…
私の赤。
同じ色。ワタシと…。
オナジ。

視界が割れる。ぐしゃぐしゃに。裂け、砕けて。
がつん、がつん。

アタマ……ぃ…ぃ…ぃ…イた……ぃぃぃぃぃぃィィィぃィィィィ

「血を出したか。なるほど、いかにもリアルだな?」
だ。誰かのコエ。これは、やみノおう……
「…言ったよね。邪魔するなって。
 私、そう言ったよね?」
こ。のコエ。は?
「クランは私が手に入れる。
 お前がクランを殺したいというのなら、私を排斥するしかない」
が つ ん。 が つ ん。
「いたい。いたい。い」
タイ。イタイイタイイタイ。
だ。メで。す。立っていらられられな
                    ななな何かか、見えル。
吹き飛ブ人垣。
蹴散らサレル人々。
広場に突入シテくる。黒イ影。
大きな。クロイ。もノ。
圧倒テキな質量。
石畳がめくレて、宙に巻キ上ゲられ。ます。
ショウゲキ。シンドウ。大地を踏ミ抜く、巨大なアシ。
疾走。
見開かレル。
『彼女』の。両眼。

がつっ。

オト。硬いものと、硬いものが。ぶつかル。衝撃音。
二つのモノ。
黒いコブシと。『彼女』の頭蓋骨。
凄まじイ衝撃ニ。
ぐらぐらとユレル。小さなカラダ。
ソコに。
平手打ち。巨大ナ。
  カラダ全体をモッテイク。打撃。
          地面を跳ネル。『彼女』。
     鴉色の頭が。 容赦ナク。 大地ニ叩きつけらレル。
 凄まジイすぴーどデ。細いウデをツカマエル。大きな、黒イ手。
    引き抜イテしまいそうナ、勢イ。

がつん。がつん。

殴りつける。オト。
がつん。がつん。がつん。
がつん。がつん。がつん。
がつん。がつん。がつん。
がつん。がつん。がつん。
チガう。このオト。私のアタマの中カラ、です。
殴られル、『彼女』。
割れル、私のアタマ。

モウ。
もう、ヤメてください。
これ以上、私を壊さないデ…



BGM:ain_soph
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