第57話:モレクラール
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たわみ、伸びて。私を目指す。
略奪の光。
邪魔者を無視して。その傍らを通り過ぎようとして。
それを遮るように、モレクラールの片腕が伸びました。
無造作な動きで、光の帯に触れる。
瞬間、あの破砕音。
粉々に砕かれて。吹き飛ばされる、緑の光。
私の元へ到達する前に。小さな破片となって、地に落ちる。
破片は空気に溶けるように、そのまま消えていきました。
「…聞いていなかったのか?」
ぼそり、と。モレクラールの呟き。
「指一本、触れさせないと。そう言った筈だが」
声に応えず、緑の光が爆発しました。
前方から。右方から。左方から。上方から。
数十条の鞭と化して、略奪の光がモレクラールに降り注ぐ。
銀色の光が、私の目を刺しました。
それは、モレクラールの右手…人差し指と中指に挟まれた場所で。
冷たく、硬い輝きを放つ。
細い裁縫針。
それが、くるりと回転して。彼の手の甲に移動しました。
回転と移動を止めることなく。
針は彼の腕を駆け上ってゆきます。
…いえ、それは。むしろ加速する動き。
速度を上げて、肘の外を通過。
さらに増速して、右肩の後ろへ。
首の後ろを横切り、反対側の肩へ。
回転力を増しながら、左腕を駆け下りる。
左の手首を通過した時、針の姿は消えていました。
目で捉えられない、強力な回転力を得た針は。
銀色の光。そのものとなって。

炸裂。

次々に吹き飛ばされる、緑の光。
略奪の海を割って。
前進するモレクラール。
その体の上を。銀色の光が駆け回っています。
針に触れるや否や、略奪の手は砕け散ってゆくのでした。
緑光が、ざあっと退きました。
「そして、俺が『やる』と決めた以上…」
モレクラールは変わらない口調で言いました。
「お前はもう、この街を生きて出ることはできない」
そう言うと同時に。
彼の両腕が、大きく振られました。
袖口から。襟から。帽子から。髪の間から。
宙空に産み落とされる、数十の輝き。
回転する、凶器の群れ。
「刻んでやる」
暗い呟きが、合図でした。
堰を切ったように。全ての針が、一斉に。
風を裂いて、飛ぶ。
その先にガルガンチュアの姿。
飛来する針は、圧倒的速度の化身。
身をかわす時間も与えない。
接触の瞬間、緑色の煌きがガルガンチュアとモレクラールを繋いだように見えました。
そして奇妙な静寂。
訪れません。
あの破砕音が。
「化け物め」
吐き出される、モレクラールの声。
針は姿を消していました。
ガルガンチュアの体に。
なんの抵抗もなく、滑り込んで。
…奪われてしまった。
「下郎。遊びはこれまでだ」
鋭利な刃物のように。冷たく切れ込んでくる、闇色の声。
「秀でた才を持ち…それ故に驕り、堕す。
 第壱格の典型だな。
 誉めそやされ、いい気になっていたか?
 お前を讃えた全ての者。
 英雄と呼ばれた日々。
 所詮は虚構に過ぎん」
「…なんの話をしてるんだ?」
モレクラールが。のろのろと聞き返しました。
「お前は英雄などではない。ただの道化だ」
謎めいた応えを返す、闇の王。
「そうかい」
モレクラールの声は、ひどく空ろに響きました。
ゆらりと揺れて。横向きに崩れる、痩せた体。
帽子が滑り落ちて。
私も。マレリィも。街の人も。皆が見ていました。
彼の頭を。
眉間から後頭部まで、見事に貫いている杭…緑の光を。
彼が絶命するより早く。緑色の触手が鞭のように空を走りました。
触手はモレクラールを容赦なく打ちつけ、その体を舞台の脇へ吹き飛ばしました。
そして、暗黒の声。
広い空に響き渡る…。

「平伏せよ」


BGM:OVERMIND
Innerstudio



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