第55話:奪還
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   岬の上で聞いた、パンタグリュエルの言葉。
   「お護りいたします」
   あれは、私に向けられたものではありません。
   あの言葉は。彼女にとって、唯一絶対の主人に…

「溶け合ったのは、あの時。
 『傷跡』で触れ合い、混じりあった。あの瞬間だ。
 私の大部分を移して、お前の中を走査した」

私(ガルガンチュア)が、私(クラン)に語りかけています。

「潜行したまま『黒の傷跡』を離脱したのは、
 情報のない第零格との接触に危険を感じたからだ」

今の私はクランであり、ガルガンチュアでもある…。
混合された存在…ということなのでしょうか。

「理解が早いな。さすが、『私』だ」

私(ガルガンチュア)は笑声を漏らしました。
…では、目の前のガルガンチュアは?

「限定された映し身。私が私であり続けるための、基となるものだ。
 限定されているがために、『黒の傷跡』では第零格を取り逃がしたが…。
 仮説を証明する、貴重な情報を多く得ることもできた。
 『傷痕』を離れる決意を固めた今、
 これ以上『私』がお前と同一の存在であり続ける必要はどこにもない。
 では、『私』を返して貰おうか」

ずるり…。
 抜け出す気配。
  私の体から。
   黒い。影、が。
    ミドリイロノヒカ、リ。ガ。
あ、あれ…?
すうっ、と。
…意識が遠のいてゆきます。
視界の端のほうが、じんわりと暗くなって。
地面がどんどん近づいてくる…。

どん。
と、何かが体に触れました。
温かなもの。
懸命に。
私が倒れるのを食い止める…。
「クラン!」
聴き慣れた、なのにとても懐かしい声。
私を支えてくれている…。
確かな温度。
私の胸に押し付けた、細く綺麗な髪。今は、土埃に汚れているけれど。
転落した時に、どこかへ引っ掛けてしまったのでしょう。
彼女のスカートは、大きく裂けていて…。
「マレリィ」
私は、彼女の名前を呼びました。
急速に覚醒する、私の意識。
マレリィに支えられながら、どうにか体の平衡を取り戻して。
足の下には、硬い石畳の感触。
私は、いつの間にか舞台を降りていました。
 
「確かに返してもらったぞ」
地の底から響くような、戦慄の哄笑。
悲鳴を上げ、後退する人々。
天に。地に。蔓草のように伸ばされてゆく、緑の光。
輝きを増して。放射状に広場を支配してゆく。
一条の光が。避ける間も与えず、私に触れました。
雷に打たれたような衝撃。
目の前が真っ白に。
マレリィの細い悲鳴が耳を打ちました。
ぼんやりと、白く霞む世界。
その中で。もがき、暴れる彼女の姿。
細い四肢に、触手状の緑光が絡みついて。
抵抗をものともせず、大地にねじ伏せている。
「少女よ。お前の気高き意思は認めよう。
 だが、私に後退はない。これまでも。これからもだ。
 これ以上の抵抗は許さん。大人しく、そこで見ているがいい」
叩きつけられる、ガルガンチュアの声。
光の向こうから。
「本題といこう。クラン、お前は不確定因子そのものだ。
 私にとって危険な存在となる可能性もある。
 従って、お前の存在を認めるわけにはいかん。
 この場でお前の全てを
奪い、殺す。私自身の手で確実に」
奪う…それは記憶を、命を、存在の全てを奪うという意味。
一方的です。そんなこと、納得できるわけがありません。
私は抗議の声を上げようと、口を開きました。
でも。
私が言葉を発するよりも早く。
津波のように膨らんだ緑光が、天から雪崩落ちてきました。


BGM:死線
Innerstudio



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