第44話:心吟(しんぎん)
no image

街が活気づいてイます。
忙しく行き来する人々。
そこかしこに木魂する、乾いた槌の音。
新しく塗り直される、壁という壁。鼻をつく、ペンキの匂い。
広場では高いやぐらが組まれています。
祭りが近いのです。
遠くで、「語る街」ノ声。
「…この祭りは、純粋なる祈りだ。
 失ったもの。
 彼方の家路。まだ見ぬ同朋。両親の顔。恋人の名…。
 今年こそ、それを取り戻したい。
 それをただ、真摯に願う。切なる祈願祭。
 そして、儂らの繋がりを確かめるもの」
声に、少し誇らしげなヒビキ。
「この祭りを創めたのは、カイルだ」

「おとにきこえしつわものどもよー。だれがわたしのきしとなるのか」
「なぜ、あのひとはひとよのあいすらこばむのかー。ああ、どうして」
「このむねをさくがよい。だが、こころせよ。わたしたちのあいはさけぬぅ」
十人娘は芝居の練習をしてます。
勿論、全員がお姫様の格好をしていました。

「傷を舐め合うもよかろう。だが、私の舌は干からびて久しい。
 祭りの次の日も。私は仲間を見出せないだろう。
 …いつも、同じことの繰り返しだ」
アプレアギーレンは不機嫌そうに吐き捨てていました。
昨日から姿を見ていません。

楽器に心得のある人達は、太鼓やギターを抱え込んでいます。
擦り切れた布や、錆びた弦を張り替えているのです。
それを見て、マレリィが言いました。
「お祭りで何か唄おうよ」
その日カラ、私達の練習が始まりました。

私は歌を知りませんでした。
音楽や歌がどういうものなのか、それは知っています。聴いたこともあります。
でも、唄ったことなんて、ありません。
それとも、忘れてしまっているだけなのでしょうか。
オクターブ。ソプラノ。ハーモニー。
マレリィが色々と話しています。まるで呪文。
困りました。
まったく何のことだかわかりません。
私が黙っていると、マレリィは説明の仕方を変えました。
音は、低い音から高い音へ、階段状に並んでいるのだそうです。
同じ「あ」でも、低い「あ」と高い「あ」があるのです。
「ら、ら、ら…」とマレリィに続いて、声を出しました。
これが、歌。これが、音楽。
私にもデキました。

祭りの前日。
練習は続いていました。
かたかたと震える、古いレコードプレイヤー。
木製のスピーカーには、大きな穴が空いていて。
でも、それが私達のバックバンド。
ぶつり、と音がして。
曲の途中だというのに、音が途絶えました。
何も無い空間へ。針が逃げ出しています。
今日はこれで5回目。
レコードの溝が激しく削れているせいでしょう。
少し疲れたので、私はその場にスワリ込みました。
マレリィが「休んでて」と言ってくれました。
足元を見つめて。ぼんやりと、考えます。
私はこの先、どれだけの音楽に出会うのでしょうか。
幾万、幾億の音と声。
今、目の前にある全ては。とても輝いて見えるけど。
時の経過とともに。ひどく小さな。つまらないものに変わるでしょう。
それは、あまりにザンコクな事実。


たん、たん、と。
何かの連続音。私は顔をアゲました。
宙を薙ぐ、細い髪。
回転する体。
両腕が空気を攪拌して。
踊るマレリィ。
歌声とともに。
とても、綺麗です。
彼女の口元に、笑みがコボレていました。
とても、楽しそうです。
…あれ? …あれれ?
そうか…これが…

がきん、と。何かが砕ける音。
頭の中です。
     マレリィ。
がきん。
砕けます。
     とても、楽しそうなその姿が。
がきん。
変質する。
     壊れてしまった私を。
変わる。
  変える。
    まだ、私は変わってゆく。
マレリィ。マレリィ。マレリィ。
ああ。ああ。
せっかく、何かに気がついたというのに。
今の私は、それを理解できない。
それを、表現できない。
もどかしくて。もどかしくて。
「…クラン、どうしたの? …どこか痛いの?」
いつの間にか。
マレリィの顔が、目の前に。

 私は泣いていました。


BGM:千年桜
BoundlessField



BACK
目次