第43話:錯綜ノ森(さくそうのもり)
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寝室のほうデ、はしゃぎ声が聞こえます。
十人娘。
彼女達はカイルをどこまで知っているのでしょう。
紙片に綴られた、過去の字列。
私は今、そこへ目を走らせています。
その大半はひどく乱れた殴り書きであったり、私の知らない言葉で書かれていたりしたけれど、
私はその中から判読可能なものを幾枚も見出すことができました。



「『語る街』に家を持って、もう随分になる。
 今日、ウォールバーグ一家が街を去った。ボクを除けば、彼らが最後の住人だ。
 『語る街』が悲しんでいる。これでボク達だけになってしまった。
 計画を実行に移そう。仲間を集める時が来たんだ。新しい街づくりだ」

「ある時、ある瞬間。再び、全ての記憶を失わないと、どうして言い切れる?
 こうして書き留めておくというのは、一つの手かもしれない」

「ボクはカイル。この名前も、人に与えられたもの。
 ボクらの中に、自分で名前をつけた者はいない」

「『聖杯』への接触は今度も失敗に終わった。
 ボクを背に乗せていた大鷲は海に落ちて死んだ。ボクのせいだ。
 第4次調査計画は白紙に」

「また仲間を見つけた。
 訊いてはいないけれど、おそらく記憶はない。明日、迎えに行こう」

「覚え書き…『レックルランク駅の南に位置する渓谷』。
 数日前に通った時は、岩と砂だけの場所だった。
 この巨大な森はどこから来た?」

「全ての人の記憶を探す。それが、ボクのしたいこと。
 まだ、一つも見つかってはいない」

「忘れないよう、花壇に水を撒くこと」

「仮説7。記憶を奪う何者かの存在。だが、何のために?」

「一度、彼女に会いに行こうと思う。街のことも話そう」

「仲間。記憶のない者。本当にそうか?
 極面に目を奪われていないか? 本質から遠ざかっているんじゃないのか?
 ボクらの繋がりには、別の法則性が」

「『奪い取る能力』。彼女は確かにそう言った。居場所を教えてはくれなかったが。
 ボクの記憶を奪った犯人だろうか?
 やはり、もう一度『傷痕』に行かなければ」

「グリーン夫妻の家に生活の痕跡はなかった」

「寿命がないボクだけの現象だと思っていた。
 違う。ボクらはみんな、先へ進めないでいる。
 歳を経て、死に到るまで。何故だろう? 記憶がないせいだろうか?」

「マイスター=マイネット=ヴェーゲン」

「仮説7は否定する。ボクは思い違いをしていた」

「興奮を抑えられない。
 彼女に会い、記憶の始まりを思い出した。
 最初に見たあの背中。あれが鍵だ。
 きっと、ボクが先へ進めない理由もそこにある」

「あの背中。『彼女』を見つけ出そう。だが、どうやって?」

「仮説8。
 ここには書かない。『語る街』にも話さない。
 確証がないうちは誰にも話さないほうがいいだろう。
 全ては、『彼女』を見つけてからだ」

「ボクの仮説は部分的にしか正しくないのだと彼女は言ったが、
 逆に考えると、真実に近い部分もあるということだ。
 決して諦めはしない」

「サラ・グリーンが不安を打ち明けてくれた。
 ボクの仮説を伝え、彼女の心を楽にしてやれたら。
 だが、それはまだできない。
 確かに、ボクの仮説には足りない部分が多すぎるように思う」

「だが、ボクが『彼女』に出会うことは死を意味する。
 仮説が正しいなら、ボクは『彼女』にとって極めて不愉快な存在となるだろう。
 やはりボクも探索をやめるべきなのだろうか。
 逃亡の旅に入るか、あるいは隠れ潜むべきか。彼女のように」

「死にたくない」

「留守中に野良猫が忍び込んだらしい。ひどいありさまだ」

「記憶なき人々を導く、価値ある人間。
 こんな風に思うのは、ボクが長く生きすぎたせいなのだろう。
 でも、本当のところは、ボクの命なんてたいした価値はないのだ」

「風邪を引いたらしい。
 死なないのに、しっかり病気にはなる。難儀なことだ。」

「アリアドネ」

「それがボクの役目なのかもしれない。
 みんなが真実に辿り着けるのなら、それはとても嬉しいことだ。
 その気持ちは、ボクに死と戦う勇気をくれる」

「何度試しても『傷痕』には入れない。
 やはり遺言通り、闇の王のものになってしまったのだろう」

「自分のために始めた覚え書きだったが、今は違う。
 記憶を求める他の誰か。その人が真実を求めるなら力になりたい。
 ボクの足跡を役立て欲しい」

「金剛砂の浜で。子供達を見つけた。記憶の消失は七晩前と断定。
 彼女達もボクらと同じ。記憶なき存在。
 『語る街』に連れて行くつもりだ。まだ、名前はない」…



「カイルと会ったの、海だったよ」
突然の声。
いつの間にか。私は十人娘に囲まれていました。
「カイル、遊んでくれたよ」
「名前ももらったよ」
「十人娘って」
「昔のお話に出てくる妖精の名前なんだって」
入れ替わり、次々に口を開く少女達。
「カイル、いつ帰るのかな」
「次はいつ遊んでくれるのかな」
「私、かたぐるましてもらうんだあ」
楽しそうな彼女達の顔。顔。顔。
クルシイ。
胸のあたりが
イタイです。
私は踵を返して書斎を後にしました。
「もういいのかね?」
『語る街』の声が耳元デしましたが、わたシはこタえまセんデシ タ。


BGM:MOON 〜深淵の秘密〜
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