第39話:集う者達
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コーヒーから立ち上る湯気にくすぐられ、
私は鼻先をごしごしとこすりました。
窓の外かラ、細波に似た喧騒が聴こえてきます。
そして、通りを行き交う幾つかの足音。
ここは広場の片隅。
とても小さなカフェテリア。
私は目の前に置かれたカップをなんとなく見ツめていました。
濃い茶色の液体は苦みが強く、私がそれに口をつけたのは一度だけでした。
すぐ側で二つの声が熱心に話シています。
マレリィと。『語る街』。
「私達、うちへ帰りたいんです…」
「その道は、まだ話せない道だ。…お前さんは儂らとは違う。
 儂らは『仲間でないもの』に、関心を持たないのだよ。
 …だが、お前さんがこの街を理解したならば。
 その時は、話も変わってくるだろう。
 まず、観ること。聴くこと。そして、感じることだ」
「…あの。…何を観れば?」
「窓の外を見ていなさい。そこを往く人々を」
『語る街』の声に誘われテ、私はぼんやりと窓の外を見つめました。
髭の紳士と若い女性が腕を組んで通り過ぎていくのが見えまシた。
『語る街』の声が続きます。
「髭の男がジョージ・グリーン。隣の女はサラという名だ。
 彼らはここから遠く離れた小さな村から来た。
 が、その村が二人の生まれ育った場所なのかどうかは、彼ら自身にもわからん。

 二人には8年分の思い出しかない。

 今は堤防脇の小さな店で、仲良くパンを焼いて暮らしている。
 …次は、ベンチのところにいる男を見なさい」
私ハ広場の向こう側に目を向けました。
黒い帽子を被った男のヒトが、ベンチに座り込んでいました。
その手に何か光るものを見つけて、マレリィが尋ねました。
「何を持ってるの?」
「あれは裁縫針だ。彼の名はモレクラール。
 七つの争いを終わらせ、人々から英雄と讃えられた男。
 だが、誰かが訊いてしまった。
 『生まれ故郷はどこですか?』と」
「どこだったの?」
マレリィが重ねて訊きましたが、『語る街』は答えずに続けました。
「…次は芝生の上で遊んでいる子供達だ」
ベンチの手前にある芝生のトコロに、白い服を着た大勢の子供達がいます。
「みんな、同じ顔してる」
マレリィが呟きました。
彼女の言う通り、子供達は顔も髪型も服装も同じ、
まったく区別のつかない姿をしていました。
「儂らは『十人娘』と呼んでいる。一人一人の名前は、まだない。
 少し前にカイルが連れてきたのだが。
 やはり、過去の記憶はなかった。
 …次だ。通りの向こうを見なさい」
広場の端から家々の間に分け入っている細い通り。
一人の男のひとが、そこを頼りない歩調でやってくるのが見えます。
彼の首は力なく垂れて、体は左右に揺れていました。
「彼は『眠り男』プリズマ。
 触ったものを深い夢へ導く、眠りの妖精。
 彼自身も一日の大半を寝て過ごしている。
 寝ている間は自分の素性について考えなくて済むらしい。
 長い間、自分の母親を探し続けているが…」
「きゃっ…」
マレリィが小さク悲鳴を上げました。
窓を覆い隠すように、黒っぽイ大きなものが横切っていったためです。
「今の巨人は、『悪魔』アプレアギーレン。
 昔は血と悲鳴を愛し、闇を友と呼んでいた。
 近づくのはよしなさい。自分が誰なのかわからず、いつも苛立っている」
「…なんだか、わかってきたみたい」
マレリィが窓の外をじっと見つめたまま、小さく言いました。
「つまり、ここは記憶を失った人達が集まる街…そういうことですか?」
「その通りだとも。
 欠け落ちてしまった、大切な過去。
 ここにいるのは、過去を自分の中に求めた者達。
 旅路の先に求めた者もいるが…」
「見つからなかったの?」
「この世界は広すぎる。探し出す前に、生が終わってしまうのだよ。
 儂の記憶が失せたのは、遥かな過去だ。
 その時はまだ普通の人々が住んでいたし、儂も大きかった。
 カイルのような『仲間』が集まり、初めて自らの喪失部分に気がついた。
 『儂はいつからここに在るのか?』」
「…カイル。カイルのことを教えて」
「彼は自分のことを『最も記憶に近い者』だと。そう言っていた。
 永遠の生を糧として、諸々の記憶を探し続ける者。
 この街に『仲間』を集めたのもカイルだ。不安と絶望から互いを守るために。
 …彼がここにいれば、お前さん達の力になれただろうに」

そう。きっとそう。
カイルが私と同じ…無限の生ヲ持っていたのなら。
この虚無感も分かち合えたはず。
でも、私は。
置いてイかれました。
カイル…。


BGM:故郷
BoundlessField


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