第25話:キロ
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太陽が頭上に差し掛かる頃。
私とマレリィは足を止めました。
歩いてきた道は、目の前で三つに別れていました。
私達はその一つを選ばなければなりません。
道の選択を迫られるのは、朝から三度目のことです。
傍らに標識を見つけて、マレリィが駆け寄りました。
それは金属製の支柱を地面に打ち込んだもので、
平たいプレートが幾つか、針金で無造作に括り付けられていました。
随分と古いものなのでしょう。
標識の上部に設置された傘状の雨除けは、捻じ曲がって斜めに傾いていました。
支柱にはびっしりと錆が浮いています。
銅版らしきプレートはボロボロに腐食して、茶と緑の入り混じった無残な姿を晒していました。
プレートには文字らしきものが刻まれています。
「今来た道が…えっと…『知る』…?『今』…かな?最後のは『森』だと思うんだけど…」
プレートを見つめながら、マレリィが困惑の声を上げました。
腐食が激しく、文字の判読に苦労しているようです。
「えっと…この道を行くと、『おぼろ滝』」
マレリィが左の道を指して言いました。
「こっちに行くと…」
続いて、彼女の指は真ん中の道を指しました。
「…これはなんて読むのかな…『さかずき』…『崖』?」
自信がなさそうなマレリィの声。
最後の道を指して、彼女は続けました。
「こっちは…ああ、これは読めそう。『繋がりの街』だって」
マレリィは少し笑顔を見せましたが、
今上げた地名が全て彼女の知識にないものだということが、その表情からわかりました。
それはつまり、結局のところ、どっちが家の方角なのかはわからないということ。
くるるるる…
マレリィの腹部の辺りで不思議な音がしました。
「お腹空いたね」
彼女は眉をきゅっと寄せて言いました。
私は頷いて、別れた道を見つめました。
無限の旅路。
目に映らない、透明な糸のように。
分岐して。絡み合って。一つになって。
そして、また分かれて。
この茫漠たる大地に。無限に展開されている。
その中の。たったひとつの。
私達の、帰路。

なぜ忘れてしまったのか。どこに置いてきてしまったのか。
私には過去がありません。
気が付いた時には旅人で。
目的すら考えず、列車に揺られていました。
私にも、帰る場所があったのでしょうか。
家が。家族があったのでしょうか。
もしそうなら。
…そう考えてみて。

少し、楽しくなりました。

「クラン…?」
私の表情に目を止めて。マレリィが顔を覗き込んできました。
今の私にも帰る場所がある。
マレリィ。
彼女との場所。

それは、とても嬉しいことでした。


BGM:千年桜
BoundlessField


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