第19話:接近
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誰かの悲鳴。
「やめておけ、少女よ。私の反転数式は絶対だ。
 近づくことはできない。…もう邪魔をするな!」
ぴしりと言い放たれる、ガルガンチュアの声。
突然、緑光が薄れて。
「クラン!!」
腰にしがみついて来る誰か。
小さな体、細い手足。それはマレリィ。
柔らかな身体が私に熱をくれます。
床に倒れ伏すもの。それが私。
視界は正常に戻っていました。
後退する緑と黒。
ガルガンチュアは私を見ていませんでした。
大気を走る緊張。
何かが起きています。
視界の端に見える扉。それが勢いよく開き、人影が飛び込んできました。
藤色の長髪をなびかせて。早足で入ってきたそれは、先ほど姿を消したパンタグリュエルでした。
きりきりと。不思議な音が、その体から聴こえてきました。
私達には一瞥も与えないまま、彼女は一気に部屋を横切りました。
「状況を報告いたします」
ガルガンチュアの前に辿り着いたパンタグリュエルは、息を乱しもせず、静かにそう言いました。
深々と頭を下げての礼姿勢。彼女の声は落ち着いていました。
「マイナス20秒。第8番防護隔壁に異常発生。
 マイナス15秒。隔壁機能停止。
 侵入者です
一瞬の沈黙。そして、
「正体は」
ガルガンチュアは彼女と等しい冷静さで応えました。
「不明です。全ての干渉を遮っています」
「人であれば、私と並ぶ識者ということか。…面白い。試してやる」
闇色の声に愉悦が混じりました。
「7番隔壁に論理数列を展開しろ。同時に2から6へ変数入力」
ガルガンチュアが命令を終えると同時に、パンタグリュエルは両腕をさっと広げました。
私は、左右に伸ばされた彼女の袖先から、紫色の光が帯状に伸びるのを見ました。
二本の帯は弧を描いて勢いよく壁際を走り、部屋の奥でぶつかりました。
衝突の瞬間、光は大量の細い糸に変わって、部屋中に降り注ぎました。
部屋の奥方向を占める無数の机を次々に糸の先端が貫いてゆきます。
最後の机が貫かれた時、パンタグリュエルの体がびくん、と震えました。
「命令キーを確認。7番隔壁、論理数列展開完了。2から6へ変数を入力します」
口早に報告するパンタグリュエルの声。
その語尾に重なって。
耳をつんざく破壊音が響きました。
音の方向に目を向けた私は、机のひとつが真っ二つに割れて吹き飛んでいるのを知りました。
行き場を失った紫の糸がのたうち回っています。
「7番反応消失。2から6に異常発生。強制入力です」
見えない針で全身を貫かれたように、パンタグリュエルの体が激しく震えました。
「変数の入力を確認できません。アクセスコードが変更されています。
 防御モード使用不能。対侵食モード使用不能」
続けざまに起こる破壊音。
机が次々に砕け、潰され、吹き飛んでゆきます。
「侵入者に論理迷宮の発生を確認。
 現在、演算戦を展開中です。…状況、不利」

どくり。

心臓が、膨れ上がった気がしました。
この不安感。血管が押し広げられるような。
ダメです。これ以上、ここにいるのは。
更に数個の机が破壊され、破片が宙を舞いました。
破壊の中で、ガルガンチュアが静かに佇んでいます。
「…人ではないな。何奴だ?」
闇色の唸り声。
わかります。何かが来るのが。全身の細胞が「逃げろ」と叫んでいます。
パンタグリュエルの声が、間に合わないことを教えてくれました。
「構成素子が書き換えられます。…2から6番、反応消失。
 1番に異常発生。…来ます


BGM:OVERMIND
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