第14話:夜行列車


ジリジリン。
出発を告げる、ベルの音。耳に残る残響音。
ゆっくりと。列車は闇の中へ滑り出しました。
がとん、ごとん。
がとん、ごとん。
床から伝わる振動。
車両の軋み。
時折聴こえるブレーキ音。
車両はがらんとしていて、私たちの他に乗客はいないようです。
座席について。私とマレリィは窓の外を見ました。
真っ黒でした。
闇よりもなお暗い、完璧な黒。
「どこに向かってるのかな…」
額をぺったりと窓に押し付けて。マレリィが小さな声で呟きました。
「まだお答えできません」
感情のない声が、背後に生まれました。
硝子玉のような瞳。不思議な女性、パンタグリュエル。
「目的地に到着する頃、明かしてもよいと言いつけられております。
 現在、列車は700屍霊速で運行中。到着は5時間後を予定しております。
 まもなくお夜食をお持ちいたしますので、そのままおくつろぎ下さい。
 また、御用の際はお呼びつけ下さい」
レコードプレイヤーみたいに。
決められた内容を喋り終えると、彼女は沈黙しました。
変わってます。
きりきり。小さな音を立てて。
丁寧なお辞儀をすると、彼女の姿は隣の車両に消えました。
…変わってます。


それから少しの時間が過ぎましたが、窓から見える光景は変わりませんでした。
座席から伝わる振動にも変化はありません。
私は退屈してきていました。
マレリィは不安げな表情を浮かべて、膝の上に置いた手を見つめています。
指先が少し震えているように見えました。
「お待たせいたしました」
パンタグリュエルの声。
音も無く、彼女は私達の側に立っていました。
彼女の両手は台車を押していました。
台車の上には銀製の食器と布で覆われたものが並んでいます。
それを見て、私は夜食の存在を思い出しました。
料理を覆っていた布がパンタグリュエルの手で取り払われました。
たちまち、美味しそうな匂いが私達の鼻先に漂ってきました。
数枚の皿の上には、湯気を立てるチキンと付け合せの温野菜、じゃがいもを潰したサラダ、
かぼちゃのスープ、それから茸のバター炒めらしき料理などが乗っていました。
台車の車輪を固定して、私とマレリィの間に簡易のテーブルを作ると、
彼女は二人分のカップに飲み物を注ぎ始めました。
それは透き通った液体で、一見すると水のように思えましたが、
少し酸味があり、口にすると不思議と落ち着いた気持ちになれる飲み物でした。
「それでは失礼いたします」
パンタグリュエルが一礼して立ち去ろうとしました。
それを呼び止めたのは、マレリィの声。
「あなたは食べないの?」
声を受けてパンタグリュエルは振り返りました。
「私は一人でいただきます」
無感動な目でマレリィを見つめ、パンタグリュエルはそう答えました。
それ以上何も言わず、彼女は隣の車両に去っていきました。
「一緒に食べればいいのに」
私の呟きに、マレリィが小さく頷きました。
それから私は銀のフォークを手にとって、食事に取り掛かりました。
料理はとても美味しく、私達の心を和ませてくれました。
そのためか、マレリィの怯えも少し軽くなったように見えました。




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