第13話:夜の招待〜パンタグリュエル〜

ガルガンチュアが去った後。
マレリィが淹れてくれたココアを飲みながら、私達は少しの間話をしました。
私は第零格』という言葉が気になっていました。
その言葉が、なにか強烈に私を引きつけているように感じたのです。
マレリィに尋ねてみましたが、彼女は「初めて聞く言葉…」とだけ言って黙ってしまいました。
私はマレリィが他に何か言ってくれることを期待して暫く待ちましたが、
彼女は自身の両肩をかき抱き、口を閉ざし続けていました。
「あのひとは誰?」
私はココアを一口すすって、そう訊きました。
「…昔話に出てくるの」
マレリィは引き寄せた自分の膝を見つめながら答えました。
「真っ黒な雲が人々から全てを奪おうとするお話。…歌にもなってるよ」
そう言って、マレリィは小さな声で歌い始めました。
「『闇の王』ガルガンチュアは。
 深い暗闇に棲んでいる。
 禍々しい両腕を。
 世界のあらゆる場所に伸ばしてる。
 ガルガンチュアが欲しがるは。
 この世のありとあらゆるもの。
 狙われたものは奪われて。
 けして返ってきはしない」
韻を踏んだマレリィの声。
私はその声が細く震えていることに気がつきました。
私はココアをまた一口すすりました。
長い沈黙の後、口を開いたのは私。
「明日の晩、レックルランク駅に行ってみる
その言葉をマレリィがどう受け取ったのかはわかりません。
彼女は固い表情で膝の上を見つめ続けていました。
「だめよ。きっと帰ってこれないわ」
マレリィは、ぽつりとそう言いました。
でも、私はどうしても行かなくてはいけないのだと思っていました。
理由もわからないまま、『闇の王』と会わなくてはならないような気がしていました。
それに、『闇の王』からは隠れることも逃げることもできないのではないでしょうか。
私が行かなければ、マレリィも、この家も、とても恐ろしい目に合わされるのではないでしょうか。
私はそう感じていました。
マレリィと私は、そっと視線を絡ませました。
その表情から、彼女も私と同じことを考えているのだとわかりました。
「やっぱり行かなくちゃ」
私がそう言うと、マレリィは小さな溜め息をつきました。
「いいよ。でも、私も行く」
強い決意を瞳に宿らせて、彼女はそう言いました。
「もう失いたくないもの」



夜のレックルランク駅。…0時0分。
時間丁度に。私とマレリィはそこに辿り着きました。
冷気だけが支配する、静寂の空間。悲しいほど閑散としたホーム。
闇の中。マレリィの持つ手提げ灯の明かりを受けて。
硝子玉のようなものがぴかっと光りました。
それは瞳でした。
曇っているとも透き通っているとも言えない、不思議な輝きを持つ左目。
もう一方の目は、長い前髪の陰に隠れています。
マレリィが、緊張した様子で手提げ灯をそちらへ掲げました。
灯りに照らされて。
知らない女の人が立っていました。
古めかしい形状の衣服を身につけ、無表情にこちらを見つめています。
話しかけようとして、私が口を開くと同時に。彼女の丸い頭は深々と下げられていました。
藤色の長い髪が垂れ、

きりきり…

と、不思議な音がしました。
彼女は言いました。
「お待ちしておりました。
 ガルガンチュア様の忠実なる下僕、パンタグリュエル』と申します」
きりきり。もう一度、小さな音を立てて。彼女は姿勢を正しました。
「お二人をお迎えに上がりました。どうぞ、お乗りください」
その声と同時に。
光が。闇と夜気を割りました。
降車口が開いて。
今まで見えなかったのに。
そこに、黒い列車の姿がありました。




BACK NEXT
目次