第10.5話:暁眠
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がしゃ。がちゃ。がしゃ。
靴底と屋根瓦の間でけたたましい音が鳴っています。
私は苦労して足場を選び、ようやく屋根の天辺に辿り着きました。
明け方を少し過ぎた頃でしょうか。
瓦を温めるほどではないけれど、日差しは私を優しく迎えてくれました。
がしゃ。がちゃ。がしゃ。
私はまた少し歩き、西向きの斜面に腰を下ろしました。
両膝を抱えて空に目をやると、大きな雲が流れていくのが見えました。
暫くの間、私は動きませんでした。
そうしているのが心地よかったからです。
「どうしたの?こんなところで」
呼びかける声で我に返りました。
少し離れた場所の天窓が開き、少女が半身を覗かせています。
彼女は軽い身のこなしで窓から抜け出してきました。
慎重に、瓦を踏みしめながら向かってきます。
最後の数歩を。少女は大きく跳ぶことで短縮しました。
がしゃっ。
大きな音を立てる瓦に頓着せず。
私のすぐ側に着地した少女はスカートの裾を払いました。
「…風に当たりたかったから」
私は少女の顔を見上げて、素直にそう答えました。
「急に動き回っちゃだめよ。まだ弱ってるんだから」
そう言われて私はこくりと頷きましたが、少女の声に咎めるような調子はありませんでした。
私が動けるのを喜んでくれているのかもしれません。
「私、マレリィ。マレリィ・バードケージ。よろしくね、クラン」
そう言って、少女が差し出した右手。
私はそれを少し見つめてから、そっと握り返しました。
「バードケージ…」
私が繰り返すと、少女は眉をいっぱいに寄せて頬を膨らませました。
「マレリィって呼んで。バードケージって響き、好きじゃないもの」
私は目を瞬かせて、また頷きました。
マレリィがくすりと笑って、私の横に腰を下ろしました。
「少ししたらベッドに戻ろうね。今は栄養をとってよく眠らないと」
彼女は優しくそう言いました。
「眠る…」
私は呟いて、あることに思い当たりました。
「私…眠ったこと、あるのかな」
そう言うと、マレリィは目を丸くして驚きました。
そして湧き上がる私の疑問。
「眠ると、何かいいことでもあるの?」
何も考えず、私はそれを言葉にしていました。
マレリィは少し微笑んでから、私の問いに答えてくれました。
「眠るとね、心と体が元気になるんだよ。
 で、次の日も楽しく過ごせるの」
「ふぅん…」
そういうものなのでしょうか。
私は曖昧に頷きました。
「それとね、夢も見れるんだよ」
マレリィが続けて言いました。
「夢…」
そういえば、私は夢を見たことがありません。
私がそれを言うと、マレリィはもう一度驚きました。
「どうすれば眠れるの?」
私はどうしてもそれが知りたくなり、彼女に答えをせがみました。
「そうねぇ…」
マレリィは少し考えてから、そっと睫毛を伏せました。
「まず目を閉じて…」
私は彼女に倣って両の目を閉じました。
「頭の中を透明にしていくの…。
 硝子よりも。水よりも。空気よりも。もっともっと…
 ずうっと透き通ったものに…」
マレリィのゆっくりとした声が、遠くで聴こえます。
ずうっと…ずうっと…透き通って…
透き通ってゆく…
「この世界にはね。色んな夢があるの。
 楽しい夢…悲しい夢…。
 そして、どこにでもあるの。
 凍てつく北の大地にも。
 日の沈まない南の海にも。
 どこにでも…。

 なんだか不思議ね…」

その優しい声を聴きながら、
私の意識はすうっと遠くなっていきました。

「クラン… … …?」

マレリィが何か言っていたようですが。
もう私の耳には届きませんでした。




 第10.5話「暁眠」(Flash)


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