第5話:『矛盾』のカイル

山と丘に囲まれた、とても小さな町。
私は通りの片隅に座り込み、体を休めていました。
小さく体を折りたたんで、両足首から先をゆらゆらと上下に揺らします。
磨り減った靴底のせいでしょうか。足が固くこわばってしまっているのがわかりました。
私がそうしているうちに、何人かの町の人が通りがかりました。
男の人も女の人も、子供も老人もいましたが、
彼らはほんの少しだけ私を見つめると、すぐに興味を失って去っていきました。
この町に着いた時にはまだ空高くにあった太陽。
それが、遠くの山の縁に差し掛かりかけた頃。
不意に人影が夕日を遮りました。
そして、声。

「やあ、久しぶりだね」
私は顔を上げました。
初めに見えたのは、黒っぽいコート。
続いて華奢な手足。
そして…顔。
私の知らない男の人。
でも、
とても不思議な顔をしていました
滑らかな肌に落ちる睫毛の影。
鼻筋の通った綺麗な作り。
顔の角度と、そこから生まれる陰影の具合によって、彼は時に女の人のようにも見えました。
私が黙っていると、その人は笑顔を見せてこう言いました。
「ごめん。今のは嘘」
そして、右手を差し出して言葉を続けます。
「ボクはカイル。初めまして、旅の人」
私が彼の手を握ると、カイルは満足そうに頷きました。


民家に灯る最後の明かり。
それが消えて、いよいよ夜がやってきました。
空を埋める、銀色に輝く星々。
私の隣にはカイルの姿がありました。
私と同じように体を曲げて座り込み、夜空を見上げています。
その横顔を私はじっと見つめていました。
私が見ていることに気づいたのでしょうか。ふと、カイルが顔をこちらに向けました。
「昨日も夜空が綺麗だった。星を眺めてたら、金星がボクに話しかけてきたんだよ」
彼はコートのポケットに突っ込んでいた手を抜いて、鼻先にかかった眼鏡をずり上げました。
眼鏡の奥に、きらりとひかる瞳。
彼の右目は髪と同じ藤鼠色でしたが、もう一方の目は深い山吹色をしていました。

私は知っています。
昨日の夜は雨が降ったことを。
「食べるかい?」
カイルが小さな塊を私に差し出しました。
乾燥肉の一種で、しなびてよじれています。
私がそれを口に含むと、苦味の強い肉汁が口腔に広がりました。
「もうひとついるかい?」
同じものを食べながら、カイルが訊きました。
私は首を横に振ってそれを断りました。
カイルはポケットから小さな紙の束と鉛筆を取り出して、何ごとか書き込みました。
私が覗き込もうとすると、彼は素早くそれをしまい込んで隠してしまいました。
それから、私とカイルは一晩中話をしました。
彼の話は嘘ばかりでした。
人間は大雨が降った日に畑から生まれるとか、角が生えた蛙は人の言葉を話すとか、
取り留めのないでたらめを思いつくまま口にするのです。

自分は遠い国の王子だと言ったかと思うと、次には寒村の羊小屋で生まれた詩人だと言い、
すぐにまた、実はこの町で生まれ育ったと言い直したりしました。

彼の言葉から真実を見つけ出すことはとても難しいことのように思えましたが、
私は、カイルが旅をしていること、そして遠くからやってきたことを知りました。
彼の身に着けた衣類も私と同じようにくたびれ、靴底はすっかり磨り減っているのがわかりました。
カイルは喋り続け、私はそんな彼の横顔を見つめ続けました。
気がついた時には、すっかり日が高くなっていました。


私達は町外れの丘で別れました。
「キミなんかと知り合いになるんじゃなかったな。もう二度と会いたくないよ」
カイルはそう言って微笑みました。
眼鏡の向こうに、山吹色の優しい光が輝いていました。


BGM:木漏れ日
sound avenue


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